私たちは自分が空しいものにならないようにあれこれ考えます。昔も今も人間の社会では上に立つこと、金持ちになること、有名になること、そして権力を握ることがあたかも人生の勝利者であるかのように考えられてきました。しかし、そのことに自らの人生をかけて疑問を投げかけたのがイエス・キリストであり、その後に従った弟子たちや殉教者たちでした。私たちがもし「財産、上に立つこと、人から認められることに囚われている」=「自分の命を(自分で)救いたい」と思うなら、それを失うと今日の福音でイエスは語っておられます。 では、どうしたらよいのでしょうか?あまり難しく考える必要はないと思います。私たちに出来ること、つまり「自分の弱さと付き合う」=「十字架を背負いながら」今日という一日を過ごしていくことではないでしょうか?
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