マルコ福音書によるイエスの受難(僅少) [2585]

マルコ福音書によるイエスの受難(僅少) [2585]

販売価格: 1,836円(税込)

在庫数 2点
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いうまでもないことであるが、イエスの受難はキリスト教徒にとって大きな意味を持っている。

しかしながら、各福音書においてその描写あるいは受難観には共通のものとそうでないものがある。本書は御受難会司祭であり聖書学者である著者による各福音書におけるイエスの受難の考察である。

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ドナルド・シニア 著
小久保 喜以子  訳

295ページ 195×135mm

定価本体1,700円+税

ISBN 4-88626-258-5 C0016

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■目次

序文

第一部 受難の準備
導入
1、洗礼者ヨハネの受難
2、イエスの命をねらう陰謀
  A ガリラヤにおける陰謀(3・6)
  B エルサレムにおける陰謀(11・18)
3、人の子の道(8・22〜10・52)
  A 旅
  B 弟子たち
  C 神の啓示、および危機としての十字架
4、共同体の受難
結び

第二部 受難(マルコ14・1〜15・47)
導入
1、忠誠と裏切り――受難の始まり(14・1〜11)
  A 陰謀の時機(14・1〜2)
  B 埋葬のための油注ぎ(14・3〜9)
  C ユダの裏切り(14・10〜11)
2、最後の過越祭(14・12〜31)
  A 過越祭の準備(14・12〜17)
  B 裏切りの予告(14・18〜21)
  C 食事(14・22〜25)
  D 弟子たちの挫折と、また新たにされる予告(14・26〜31)
3、ゲツセマネ――祈りと逮捕(14・32〜52)
  A ゲツセマネにおける祈り(14・32〜42)
  B 逮捕(14・43〜52)
4、最高法院での裁判――告白と否認(14・53〜72)
  A イエスとペトロ(14・53〜54)
  B 最高法院の前でのイエスの告白(14・55〜65)
  C ペトロの否認(14・66〜72)
5、ピラトの前での裁判――王であるイエス(15・1〜20a)
  A 尋問――「お前はユダヤ人の王なのか」(15・1〜5)
  B イエスかバラバか(14・6〜15)
  C 王への嘲笑(15・16〜20)
6、十字架と死(15・20b〜41)
  A ゴルゴタ(15・20b〜24)
  B 最期の嘲笑(15・25〜32)
  C 死(15・33〜41)
7、墓(15・42〜47)
結び――復活の序曲としての受難

第三部 イエスの受難――マルコからのメッセージ
受難物語とマルコによるイエスの人物描写
  1、イエスの死は、他者のために生きる生のクライマックスである
  2、死から命への移行において、イエスは、苦しみを受けるが必ず勝利する人の子として宣言される
  3、イエスの死は「神の顕現」であり、弱さのうちに働く神の力を表している
受難物語とマルコによる教会描写
  1、弟子の道は、十字架の道でなければならない
  2、十字架の体験を通して、教会は勝利主義的でない和解の教会となるべきである
  3、受難の危機は、教会が外部に対して開かれていなければならないことを思い起こさせてくれる
  4、教会は、すべての人々に開かれ、十字架につかられたキリストの霊に満たされた、生ける「神殿」となるよう招かれている
  5、受難は、教会の贖いのミッションが全世界的な広がりをもち、大きな犠牲を要するものであることを明らかにしている

あとがき